08.12.23

なぜねこはかわいいのか?
 私は大のネコ・ファンである!(笑)
地球上で最もかわいい生き物であると思う。
地球上で最も気高い生き物だと思う。

このコーナーでは、猫好きの私がこの魅力をとことん語りつくしたいと思う。

 私は昔から猫が好きで好きで、小学校の帰り道に猫を拾ってきては、いつも親から「早く捨ててきなさい!面倒見切れないんだから!」といわれてきた。
もちろん私が、「毎日ちゃんと散歩するからぁ〜!」と答えたのは言うまでもない。

 なぜ猫はかわいいのか?
私のような「ネコ・ファン」は、彼らをまるで「動くぬいぐるみ」のように思っている。
しかし、それだけではなく、私はネコ・ファンとして、彼らに敬意を持っているから冷静に分析をする。
まず、生物学的に人間は猫を可愛いと思う。そういうふうにできているのだ。
つまり哺乳類は、小さいものとか、赤ちゃんを見ると本能的に可愛いと思うわけだ。
そうじゃないと親がどこかの国のパンダのように育児放棄をしてしまい、生存できなくなってしまう。
赤ちゃんだけでなく、マスコットキャラクターのぬいぐるみもつい愛玩したくなるものだ。
かわいいものは、具体的に「小さいもの、丸いもの、温かいもの、柔らかいもの」が条件にあげられる。
さらに動物には感情があるから、こちらの気持ちも通うようになるのである。

 なにより猫には『独特の魅力』がある。
猫の存在はミステリアスであり、魔性のものであると思う。
骨董品に犬の置物があっても猫がないのは、この魔性の属性によるのではないか?
犬と猫は、人間と最も近い生活環境にある動物だけれど、その性格はまるで異なる。
人間には犬タイプと猫タイプがいるとよく言われるが、好みのタイプがハッキリ分かれたりするのも興味深い。私はこれに加えて、動物ならどれも好きだという寛大なヒューマニティというか、動物愛を持っているタイプがいると思う。ムツゴロウさんみたいに動物最高な人ね。
 ちょっと人間愛にたとえて考えてみてほしい。
あなたは「猫派・犬派どちらか?」といえば、私は猫派。というか猫寄りの人間である…。だけれど私は犬も嫌いではないし、それなりに好きだ。それよりも私は動物全体を愛しているのだ!(笑)
私は過去にいろいろ動物を飼っていたし。我が家の犬の中には、なんと警察犬の
シェパードがいたくらいだ…。
(この「犬派と猫派」の議論については、また別の記事を書くのでお楽しみに。)

 ただ、私の場合は犬も好きだけれど、猫に対する愛情の比重が、犬よりもベラボーに高いというだけであって、基本的には動物はみんな好きなのである。だから動物病院のお仕事にも少しだけ興味がある。もし獣医さんになっていたら、24時間猫のレスキューを受け付けていたかもしれない。仕事なんか大嫌いなクセにね…。でも、あまりそうすると「猫だけかよっ!」って言われそうだから、ちょっと動物愛というと語弊があるかもしれないね。その「愛情」ってのは、結局のところ「好き嫌い」の度合いのことだと思うのですよ…。戦争の原因だって最後にはそこに辿り着くんじゃないかナ、と最近は思うし。
 それに私は愛という言葉を疑いますね…。信じてはいるけれど。
こう言うと寂しい人〜って思われちゃうかもしれないんだけど…(笑)
でも恋愛のロマンスの幻想って、大体の人がTVドラマの影響を受けていると思うのですよ。
話が少し逸れるけれど、ほとんどの映画やドラマがヒロインとの恋愛が出てくるでしょ?
俳優はどれも美形で、最後はハッピーになるよう出来ている。(ベッドシーンはオプションで…笑)
というか、登場人物が必ず誰かとくっつくわけで、そんなものばかり見ていると自分も恋人がいないと置いていかれた気持ちになるかもしれない。恋愛至上主義の弊害っていうやつかな。
その、「恋人がいないと不幸」みたいな気持ちになるのは、一種のマインドコントロールだと思うヨ。
実際のところ、カレシ・カノジョがいても大した恋愛してない人が多いんじゃないのかな。
幸せになりたいはずなのに、幸せになりきれていないというか…。
寂しい者同士がくっついていただけで、こんなハズじゃなかったっていう感じ。
魂が震えるような、相手の為にならすべてを投げ出してもいいと思うような、恋愛じゃなく。
(たぶんムリ?笑)

映画でいえば『髪結いの亭主』とか『仕立て屋の恋』、『エレファントマン』とか『トーク・トゥ・ハー』みたいな愛の形もあるわけで、それが必ずしも幸せじゃないかもしれないけれど、人間の深い愛情とか葛藤というものは、そんなに簡単じゃないと思うんだよね。

 私はこうやって猫への愛情を考えながら、キリスト教的な人類愛も信じているわけで、世の中は基本的に善意で成り立っているものだと信じたい…。正直、私はこの社会に生きているのがどうしようもなく嫌になる事があるのですが、最後に救いがあるとしたら人の心に残された『愛情』というものしかないと思っている。これは尊いものですよ。だからどんなに辛くなっても、これを信じられている限りは、とりあえず私は生きていけると思う。今のところ…。

 猫のミステリアスというのは、異性への憧れに近い要素があると思う。
猫と女は、何かのかたちで似ていると思う。
私もそうだけど、感情の触れ幅が妙に大きくて、周りを見ているようで見えていないところがそうだね。
私は彼女(猫)のことが好きで、もっとよく知りたいと思うのだけど、結局のところ全部は分かりきれないのだ。
まぁ世の中には、相手のことを「わかったつもり」になっている人もいるでしょう。
でもね、それは浅はかというものですヨ。
知った気になっちゃいけない。
何かをこうだと決め付けた瞬間、見えなくなるものがあると思うのですよ。
もちろん相手のことはもっとよく知ろうと努力しているし、自分のことも磨かなきゃいけない。
それは、お互いの信頼関係を深めるために必要なことだと思うから。
 猫にもいろいろありますよ。それは人間と同じです。
人懐っこい猫もあれば、心を開かない猫もいる。外見上の美醜だってあるし、私にだって好き嫌いはある。
それは猫それぞれです。
でも、一匹の命ある存在として、私は人も猫も同じように尊重しているつもりだ。
猫をわがままと言う人もいるけれど、それはヒトから見た視点です。
私自身、猫みたいなところがありまして、猫の悪口をいう人の意見を耳にするたびに、いつも自分のことだと自覚して耳が痛くなります。

 猫はかわいいです。
自分より小さな生き物が全身で表現するものだから、たくましい姿だと思う反面、どこかあどけないようにも見えて、憎めない。イタズラッ子のようで一見バカに見えるれども、決して愚かではない。
無邪気な子供のような目をしているかと思えば、ふと老練な侍か哲学者のような表情をする。
寂しくなると腕の中にスルリと滑り込んできて甘えたかと思えば、次に会ったときはツンと無関心にそっぽを向いている。声をかけても見向きもしない。どうにもわからない。でも魅力的だ…。
私は動物に言葉なんかなくても、素直に表現するところが好きだな。
人間というやつ、口を開けば何をしでかすものか、分かったものじゃあない。
恋のかけひき…?とんでもない!!
もし猫のような女の子がいたならば、私は全てを投げうってでもモノにしたいと願うだろう。
すっかり虜になってしまい、仕事なんか手に付かなくなるだろう。
一言甘い声で「ニャア」と呼ばれれば、夜中でもクルマに乗ってすっ飛んでいくかもしれない。
それくらい猫が好きなんですヨ。(笑)


「ねぇーえ。」
「なに?」
「わたしと猫、どっちが好き?」
「えぇぇ〜?」(そんな質問、困る)
うーーーん……。
「それは別の問題だから、比べようがないなぁ。」
と答えることにする。
いろいろと難しい問題だから、私には答えられない。
これはクルマと私、どっちが大事かというのと同じ問題である。
絶対にこんな質問をしてはいけない。


アデウ。




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