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今までに観た映画レビュー 「あ行」

あ行 あいうえお
  アマデウス
 天才音楽家モーツァルトの波乱万丈な人生を描きます。
テレビで世界の偉人ストーリーなど見てしまう人でも、そうでない人でも天才の破天荒な生き方に眼が離せなくなってしまうでしょう。
 イタリアの宮廷音楽家アントニオ・サリエリは、天才と呼ばれるモーツァルトがやって来たのをみて、その音楽から神の領域を見出して驚愕します。
ところが、モーツァルトというのは下品な高笑いと傲慢な態度を持つのけしからん人物なのでした。
サリエリは失望しながらも、優れた音楽家ゆえに、彼の才能にいち早く気づいてしまった悲劇。また激しく嫉妬しながらも、その音楽に魅せられてしまいます。
 音楽家として権力をもつサリエリは、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの公演を裏工作で妨害しながらも、彼の見方を装います。やがて父親の死と、自分にも迫る死の影によって衰弱してゆくモーツァルト。
 「ドン・ジョバンニ」の舞台から現実に出てきた死神のような仮面の男から、彼は自分のためのレクイエムを書くよう依頼されます。放蕩にあけくれるモーツァルトは、資金を得るために衰弱しながら「魔笛」や「レクイエム」を作曲し、やがて息絶えてしまいます…。

天才の一生はかくも儚い…。
これは映画史上の中でも異色の傑作です。



 余談ですが、この作品でサリエリが嫉妬深い悪人に描かれていますが、あくまで戯曲を原作にしたフィクションですので、悪人と決め付けないように。
ちなみに私のモーツァルトの愛聴版CDは、プロフィールを参照。



アメリ
 フランス映画特有のシュールな展開が楽しめる作品。
監督は「エイリアン4」のジャン・ピエール・ジュネ。あの残忍なエイリアン・シリーズにヒューマニティーを織り込んだフランス人は、私は見事だったと思う。
 物語は、空想がちな不思議少女が人々を幸せにしていく過程で、これまた不思議青年との恋模様を描きます。音楽がノスタルジックで素晴らしく、私はサントラを持っています。
女のコにも大人気。本国フランスではアメリ・カットの髪型が流行した模様。
 そういえば、今どきのゲームや映画は開発費がかかりすぎて、利益で元をとるのが大変苦労するようで、関連グッズの売り上げ等を総合してようやくトントンなんだとか。そんな中、この映画は広告費が全くかけられず、シラク大統領に観てもらい、絶賛されたことをアピールしたら見事な効果があったのは有名な話。
 フランス映画はとっつきにくいと思う人は是非アメリを観てみて下さい。



アビス
 海底に潜む謎の生物と探検隊の「未知との遭遇」深海版。
「ザ・グリート」のような怪物モノかと思ったら急にSFチックな展開にげんなり。



アナコンダ
 B級巨大ベビ映画。2もあった気がするがどちらもクソ。「悲鳴までもが飲み込まれる…」というCMだけはなかなか良かったのだが…。
この作品は忘れたころにTVで放映するが、何度観てもつまらない。でも観ちゃう。



愛のコリーダ
 愛するがあまり情夫のイチモツを切り取ってしまった昭和の「阿部定事件」を、大島渚監督が映画化。独特の狂気が感じられてスゲー!と思ったが、2回は見ようと思わない作品。(笑)
R18禁だか何かで、日本では法的に無理なのでフランスで編集したらしい。
裏DVDも自動車の最高馬力規制も、日本社会のしくみってのは外国モノには治外法権だったりするのは何かおかしいと思う。
いっそのこと出演者全部の股間に常時モザイクでもかけてろっ!!て言いたくなる。
(そんなホームドラマがあったら、なかなかシュールで面白いと思うけど・・・)

他にも大島監督の作品は「戦場のメリークリスマス」や「御法度」という作品がありますが、どれも独特の雰囲気があって、なんかドロドロしていますね…。


赤いアモーレ
 クルマの故障のため電話を借りた妻子あるエリート医者が、そこの下流社会の家のヒッピー女を手篭めにしてしまったことから、いつのまにか互いに心の傷を舐めあうようになるまでを描くイタリア映画。不思議とさわやかで、愛情と幸せについて考えさせられるまた観たい作品。
外科医の男は彼女との関係を妻子には隠して生活するが、やがて自分の息子が重度の事故で手術室に運ばれてきたときから物語に変化が生まれます。
 イタリアのノスタルジックな雰囲気が素敵でいいな〜。
アルファロメオとか運転したくなります。


アメージング・ハイウェイ60
 あの「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の監督が送るロード・ゴーイング・ムービー。レオンに敵役で出演したゲーリー・オールドマンが「フィフス・エレメント」みたいに、これまたキワモノ役で登場している。
 物語は20歳の誕生日に赤いBMWのオープンカーを送られたお金持ちの息子が、自分の漠とした将来はこのままで良いのか悩むところから始まる。
 果たしてこのまま父の言いなりとなって法律学校に進むべきなのか、大好きな画家への道は諦めるべきなのか、今の恋人は本当に自分を愛してくれる存在なのか…?

そうした想いが交錯する中で、不思議な力を持つ謎の男から「願い事を一つ叶えてやる」と言われる。それに「人生の答えが欲しい」と願った主人公は、赤いBMWに乗って不思議な空間“ルート66”に旅立つのである。

アメリカには実在しない道のルート66は、“答え”を求めて彷徨う人たちがいるパワレルワールドで、主人公はそこで哲学的な体験をするのである。クルマを運転するのは自分。まさに人生の岐路。
主人公の手には、いつもヒントを与えてくれるアイテムが存在するが、それがどのように作用するかは結局のところ、「自分の選択」次第なのであると教えてくれる作品。
 後半のハラハラするような展開は、まさに「バック・トゥ・ザ・フューチャー」みたいだ。



イノセンス
 これ映画なの?ちょっと紹介されて観たらすごいアニメだった。なんだかよく分からないが、日本が世界に誇るアニメだと思う。「甲殻機動隊」のシリーズらしいので、確かにこれだけ観てもワケワカランな。 内容は愛玩用少女ロボが突然、持ち主に反乱を起こす事件があり、それをシブイ刑事のペアが調査していくもの。バトーという主人公の男は、脳以外は機械のサイボーグ。
いつも心の片隅に残るのは一人の女の面影。ロボコップみたい。

 熱狂的ファンの方にサントラを聴かされたが、あの伝統民謡っぽい吟遊詩人たちの声は、歌えば歌うほど声が出るのだとか。いやー神秘のパワーですな。

 DVDが手に入ったので、改めて追記。
人形とはなぜヒトに似せて作られているのでしょう?
愛玩ロボットがその意識で人間に反逆する設定は、過去にもリドリー・スコット監督の「ブレードランナー」にありました。これらの作品を通して伝えたいことは、人間の生きる意味とは何かを問うことでしょう。私はブレードランナーが好きです。
(どんな映画も好きだと言ってしまうだろうけれど・・・)


頭文字D THE MOVIE
 韓国の実写(実車)版イニシャルD。大人気走り屋コミックの映画化だ。
あのインファナル・アフェアのスタッフが作るなら、失敗するどころか大成功するといえるだろう。だって、湾岸ミッドナイトみたいに実写化されたら、日本じゃVシネマになっちゃう。いまいち消化しきれない出来栄えになるのは明白でしょう。
 そのストーリー。
家業のとうふ屋の配達を手伝ううちに、峠の走行テクニックを身につけてしまった青年が、やがて峠のライバルたちと競争することに目覚めていく物語。個人的にも、クルマと青春恋愛をうまくミックスさせた大好きな作品。
さて、大人気のコミック「イニシャルD」だが、原作やフルCGのバトルシーン(競争)が観られるアニメを熱狂的に支持する人には今回評判が悪いかナ?
その理由は「原作とキャラが違う」とか「バトルシーンが本物のレーシングテクニックと違う」というもの。私は娯楽作品としちゃ、どちらも良い味が出ていると思うのだが、そうやって素直に一つの作品を楽しめない人達は、たとえどんなに韓国版がオリジナル版に近づこうが、また別の批判を見つけるだろうから放置しておく。
クルマやガン・アクションのように道具を扱う作品は、マニアであるほどこうした罠に陥りやすいね。

それにしてもさー、黒いエボV乗りの須藤京一の役って“原作そのまんま”の人物でビックリしたよね。なんか背中に「秩序」って書いてあるけど(笑)
 赤城山とか走りに行くと、この作品に影響されたのか知らんが、頭に白いタオル巻いてる走り屋を沢山見かけるようになったよなー…。


(おや、そんなところに白タオルを巻いた180SX乗りを発見。)
「すいません、あのー。どうしてアタマにタオル巻いてるんですか?」
「うるっせぇなぁぁぁぁぁぁ!!!!」 うひー!



E.T
 これまた有名なスピルバーグによる異性人との交流モノ。
少年たちがETを捕まえようとする悪い大人たちから逃げると、そこにお約束のような崖が!絶体絶命の瞬間、大音響でチャーラーラララララー♪
…と、音楽が鳴り響き自転車が宙に浮かぶのは有名なシーン。でもつまらん映画で、別にレビューするほどでもない映画。
むしろ、こんな気持ち悪い宇宙人がいたら、俺は真っ先に退治するだろう。(笑)

 「グーニーズ」とか「僕らの七日間戦争」のように、現在は身勝手な大人たちがただの“悪い存在”ではなくなってしまい、“純粋な子供達”が可愛いイタズラで一泡吹かせるというのも昔の話だ。
 いまの世の中は、本当に大人も子供もワケのわからない殺伐とした人間社会となってしまったから、そういう意味では「バトルロワイアル」の方が案外リアルな作品であると考える。「ET」は愛のある作品だけど。



インデペンデンス・デイ
 宇宙戦争的な内容の映画。何気にアメリカの風俗がよく映されていて良い。様々な戦闘機や近代兵器が登場し目にも鮮やか(核兵器なんて代物も使っちゃうもんね〜)。しかも、大統領本人まで第一線で闘うなんて、まさにノブレス・オブリージュ!(位高ければ務め多し)な展開である。
 アチラでは、トレーラーハウスに住んでいる人が多いようだけど、彼らはまともな家に住めない低所得者である。日本じゃ「キャンピングカーみたいで楽しそう!」って思うけれど、実際は狭いし夏は熱いしバラックのような代物なのだろう。
「ミリオン・ダラー・ベイビー」にもそんな現実を教えてくれるシーンがあって、世の中には下流社会という痛々しい現実があるのを思い出した。

 この作品に関して言えば、大統領の奥さんは死ななくても良かったと思う。強引にしてでもハッピーエンドが似合う唯一のハリウッド作品ではないかな?
ホワイトハウスを爆破しちゃったりするシーンは何かを暗示しているのだろうか?
(Mr.ビーンでは陛下の首チョッパーなシーンまであったけれど・・・)
それはともかく、このシーンは「オースティン・パワーズ」で勝手にコメディーに使われていて、これもまた見事であった。

 当時は大ヒットした作品だが、映画初心者にあまり期待させちゃいけない。
どの作品にも当てはまるが、何の予備知識もなく観た方が、映画の感動は味わえるのである。期待をすれば、逆にああそう・・となってしまう。
 だから私は、前評判の良い作品はかなり慎重に構えてしまう。絶対にその場では観ない。これは、私が知らず知らずのうちに身に着けた、映画を観るうえでの処世術である。



イージー・ライダー
 ヒッピー、マリファナ、ベトナム戦争など、60年代のアメリカを象徴する映画。当時のロックが延々と流れる中で作品は語られる。主人公達はドラッグで稼いだ金を大型バイクのタンクに隠し、自由を求めて放浪の旅に出るが、そこにあるのは閉鎖的な社会であった。「人は自由を叫ぶが、本当に自由な人を許せない」というセリフがとても印象に残りました。 サントラはオススメ。
そういえば、「ブルース・ブラザーズ」の続編(メイキング)にあたり、ある人が「オリジナルにこだわる人は、ヒッピーが60年代に固執するようなもんだ」と答えていたっけ。
 ヒッピーとは、もしかしたら自らの価値観に固執するあまり、社会とうまく付き合えない人種なのかもしれないと思った。あんな閉鎖的な集団を自由の申し子と呼ぶのだとしたら、ひょっとすると、コミュニティーの中では真の心の充足は得られないのではないかと思う。



狗神
 四国の山奥にある呪われた豪傑一族の末路を描く作品。古い日本の閉鎖的かつ排他的な風習がイヤなほどよく描写されている。しかし作品のテーマは他所からやってきた若い教師と、呪われた一族の女との愛である。日本の閉塞的な習慣について批判したが、その一方で美しい方言や里山の自然も残されているので、かなり貴重な文化遺産的な映画ではなかろうか。 少しホラー、愛とエロス。
あからさまなびっくり系ホラー映画なんかよりも、かえって原始的な村の儀式とかを淡々と描いたほうが怖いと思った。
 天海祐希の演じる女は、教師と出会うことによって、老婆から次第に若さを取り戻していくのです。物語はこの女に村人たちが恐れを持ったとき、やがて呪われた一族の持つ妖しい力が、次々に悲惨な出来事を起していくのです。



インファナル・アフェア
 これは韓国映画の誇る一大叙事詩です。
 物語はマフィアに潜入した警察官ヤンと、警察官に侵入したマフィアのラウ、二人の運命を交錯させて描くもの。シリーズ3部作。演技はどれも抜群だ。
1999年の「シュリ」以来、どうも本気で素晴らしいと思える韓国映画がみつからないなーと思う方は是非ご覧あれ。
 精神科医のリー先生役は、大好きなケリー・チャンだ。
さて、本作品の内容は上記のとおりなのですが、あとは観る側の反応次第だろうとしかいえません。
 この第一部だけでも十分に素晴らしい作品だけれども、優れた作品ゆえにもっと二人の主人公の過去を知りたくなります。その青年時代を描いたのが、インファナル・アフェアU 無間序曲です。

 原題は「無間道」です。この意味は、あとでよくわかるでしょう。
善人としての道を選ぶか、悪人としての道を選ぶのか、人はどちらかしか選べない。選択するのは自分ですが、その選択が後の人生を決めてしまうというのが、まず一つのテーマです。
 そして、もう一つは「因果応報」です。
人生で選択したことが、将来どのように作用しても人は運命に抗いがたし。
仏教の摂理でいうところの、無間地獄に陥ることになるのです。誰が地獄を見るのか?それは悪人として足を踏み入れた人間です…。

 重要なのは、ここではまだ人生を選べるということでしょう。
でも人生は選べるのだろうか。運命があるかぎり、人はそれから逃れられないのではないか。そんな問いは、第二作目でわかります。


インファナル・アフェアU 無間序曲
 シリーズ2作目は、ラウとヤンが警察学校時代に入る過程と、それから起こる壮絶なマフィアの抗争や警察との対立を描くことで、登場人物が悲劇的な運命から抜け出せなくなった理由がわかります。
いやー、めちゃくちゃ感激しました。このシリーズはどれをみても無駄なシーンがひとつもなく、それぞれが完成したシナリオでした。
 私は最後にUを観たのですが、知られていなかった謎がもっと明らかになりました。ラウが愛したあの「シェイシェ〜イ♪」って曲の謎。マリーという名の女。ヤンの不幸な出生と、運命の選択。サムが韓国マフィアの大親分になったいきさつ。ぜーんぶわかりました!
 物語は、ただの過去描写ではなく、「こんな展開になってしまうのかー!」と手に汗握ります。かなり画面に近づいてしまいました。こりゃ本当に「仁義なき戦い」ですよ。Uはハードボイルドだね。 マフィアのファミリーと、血なまぐさい抗争を描いた「ゴッドファーザー」を古典の名作だとしたら、こちらはさらに洗練させてテンポ良くした現代活劇だと思いました。「優れた映画は文学に匹敵するナ…」とつくづく実感しましたね。

 そうそう、このシリーズは音楽も素晴らしいですね。特にUは、都会の裏社会を迷宮入りしてゆくような、アラビア風の音楽が印象的でした。ヤクザ映画に凄みを効かせています。 迷宮のイメージは「レオン」でもそうでしたし、「ブラックホーク・ダウン」でも民族音楽のテクノ・アレンジが不気味でしたねぇ〜。Uを観終わった後、つづけてVの劇場予告を見ると、もうオーケストレーションの音楽で泣いてしまいそうになりました。


インファナル・アフェアV 終極無間
 シリーズ2作目で、ラウとヤンのバックグラウンドを描きました。シリーズ3作目ではヤンの死後、善人としての道を選んだラウの葛藤と、ヤンの死の真相を知る者の影が近づいてきます。
 シリーズ1作目ではわからなかった謎が、これですべて明らかになります。
私はこの作品をもっと知りたいと思って、何度も観ました。
まれに「一度観ただけではわからない・・・」という触れ込みのCM作品がありますが、そんなものはただの不親切だと思います。ともかく、インファナル・アフェアはシリーズの単体どれでも完成度が高く、また関連性を知ることで理解を深めることができる秀作です。

 ヤンは故人であって、回想というかたちで登場してくるけれど、第一作の直前も同時に描いている今回は、生き生きしたヤンの姿を知ることができます。
ケリー・チャンの演じるリー先生も、物語には外せない人物で、活躍を楽しみました。脚本が優れているので、どのキャラクターも脇役で終わらないのことが本作シリーズの魅力です。
 さて、一方ラウはというと。善人として生きるために、警察に潜むマフィアを陰で処刑していました。しかし、とうとう残り少なくなったマフィアの正体は、エリート警官ヨンがあやしいと考えられる。冷静で、自分の成功のためには手段も選ばないヨンは悪党にも見えます。大物麻薬商人とも関わりがあることが発覚するが、ラウもあせって自分を見失っていきます…。
 そして衝撃のラストが待っていて、以前書いたような本作品のテーマが、再び意味をもってくるのです。

ここまでシリーズ作品が意味をもって成功した例は、ほかにあまり見受けられないでしょう。羊たちの沈黙で始まる「ハンニバル」も、その独自性を認めながら、ここまでの関連密度はみられない。まぁ、単純比較はできませんが。

 私がDVDを手に入れた都合で、まずTとVを交互に観たのですが、どの順番に見ても消化できると思います。久しぶりに骨のある作品にめぐり合えて、私は非常に満足しています。



ウインド・トーカーズ
 大戦中に暗号解読を防止するために戦地に配属された通信兵のインディアンと、将校の交友を描く作品。主人公の友人米兵が日本兵に追い詰められて刀で首を切り落とされるシーンがすごいね。そこには野蛮な暴力に対する美の表現というか、“日本刀”に対する恐怖と憧憬が見られますよ。
 日本刀といえば、三島由紀夫のエッセイを読んでいたらイギリスの貴婦人に「これはどう使うのですか?」と聞かれたので、試しに彼が袈裟を切るようなジェスチャーをしたところ、お嬢様は血の気が引いて失神しそうになったという話しがあった。

 三島由紀夫は最後に自衛隊・市谷駐屯地で割腹自決をしたが、愛刀「関の孫六」の刃はボロボロに欠け、森田氏による介錯に失敗した際の奥歯が2,3本食い込んでいたという。
 ついでに切腹の話を。 これには2通りあって、通常は介錯を前提に腹を切るものだが、三島氏の場合完全に腹筋まで切れていたというから、一人で自決する形である。しかし、森田氏が介錯に失敗することを見込んでいたというのは憶測にすぎない。三島邸に招かれた事のある先生から話を伺う限りでは、三島さんの信念(とそれに伴う言動)は本気そのものであったのだから。



宇宙戦争
 平成のスピルバーグ版。ある日、突然世界が圧倒的な科学力を武器に持つ異性人との侵略戦争に巻き込まれる。得体の知れない敵をチラつかせて恐怖感を煽られるスピルバーグ的手法も健在だ。怪光線で人間が一瞬でドクロ化して四散する描写は嫌い。注射管で吸われた体液を撒布するのも…。(グロ)
 当然のことながら、病院のイタズラで噴霧器は決して使ってはいけないナと思わされます。(笑)

これを見たらトライポッドの「ぼえぇぇぇぇぇーーーっ」…という不気味な音と触手が脳裏に焼きついて離れないですよ。TVじゃまともにオンエアできなんじゃなかろうか。
 最後は家族愛を描きたかったのだろうが、「あんなバカ息子はさっさと死ね」と思っていたのに強引なハッピーエンドは、多くの人が納得いかないはず。(笑)
このメチャクチャ仲の悪い家族は、多分リアルなアメリカの一般家庭の姿なんじゃないかな。

私は映画を観て育ったけれど、子供心に作り物の世界を通じて“正義”とか“ファミリー”を見せられ欺瞞を感じていた部分がある。


海猫
 伊藤美咲の主演映画。舞台は北海道の漁村。
原作の谷村志穂さんは北海道の出身です。そのため自分のルーツがある舞台にかける渾身の作品となっています。実は私、この映画のヴィジュアル写真集を持っているので、北海道出身の友達にこれを見せてあげました。
 すると、ロケ地はおそらく、おばあちゃんの実家がある場所らしいとのこと。
北海道といやぁ、トドらーめんが食えるとか、バイクでツーリングとか、クマ牧場とか、アイヌ人がいるとか、有珠山が噴火してるとか、クッシーが釣れるとか、蟹が名物という、どーにも偏見のまなざしを集めてしまう地でもあるようですが…(苦笑)ここは映画鑑賞や特権映像だけではわからない、その地に住む人たちのバックグラウンドを知ることで、もっと作品理解を深める良いチャンスに恵まれたわけです。

 さて、ミムラさんが演じる娘はいきなり婚約破棄されて、心に傷を負ってしまうところから始まります。その理由は、すでに亡くなっている母親にある、というものでした。幼いころすでになかった母、なぜ魔性の女と呼ばれたのか。
自分のルーツを探しに娘は、祖母や当時の関係者を訪ねてゆきます。
 母カオルは、嫁いだ男と、その弟との間の愛憎の悲劇から死んだのです。
血気早く男らしい夫は、結婚後カオルの扱いがひどくなり、カオルも体を悪くしてしまいます。そんな彼女に恋心を抱くのは、兄とは対照的でおとなしい弟です。
海猫のような蒼く綺麗な眼を持つ彼女。それを本当に愛するのは俺だと。

 北海道には、昔からロシア人とのハーフの方がいる。それは閉鎖的な村社会では、ときに畏怖の対象として見られることがあるらしい。実際にそういう女性を見た友人によれば、それは本当に綺麗なのだよと、教えてくれた。

 やがて亭主の弟から、激しい気持ちを打ち明けられるカオル。
「俺は嫌だよ…兄貴があんたを抱いた。」
そして女は、一度だけ男に抱かれるために、再び冬の峠を越えたのであった。

 物語の終盤。波の荒れ狂う断崖を飛び交う、二羽の海猫が映し出される象徴的なシーンがあるのですが、そこで物語のすべてを知る人は、たとえようもない悲劇に打ちのめされるでしょう。この物語は三浦綾子 原作「塩狩峠」のように、現実性を帯びていると私は思います。事実を元に再現されたものかどうかは別として、この北海道の寒村の地には、昔から独自の風習があるに違いない。村社会の、人間の帰属意識や、排他性からくる差別や、畏怖や、憧憬というものが複雑に。
海猫を観終わったあと、ズシーン…と重たい悲壮感が心に残った。
でも不快な気持ちではなく、透明な悲しみだけが砂漠に残されたような気持ちにひたっているのである。
 記者会見でミムラさんが語っていたように、心の中で、折に触れて何度も振り返りたい作品である。



エヴァンゲリオン
 「Air」と、「真心を君に」、がタイトルだったと思う。
一世を風靡した大人気アニメの結末を描く劇場版。一言でいえば確かに「気持ち悪い」作品。でもユダヤ〜キリスト教に関わる言葉かなり思わせぶりに出てくる。カルト本も沢山出回ったなぁ。戦闘シーンは黒澤明みたいで好き。グロさの見せ方もほど良い感じ。(というのは「死霊のはらわた」とか「バタリアン」とか、ああいうスプラッターよりはフツーの意味で…笑)
 以前、NHKに庵野秀明監督が出ていたのを見たことがある。
話によれば、監督は身内に障害者がいるので、その影響あって作品のロボットもどこか肢体が切断されたりと、“常に不完全”な状態になるそうだ。
なんか似ているなと思った「ナウシカ」の巨人兵は、やはり庵野監督が一部担当していたらしい。
 普段クラシック音楽など聴かない人に限って、本作品を観ると「パッヘルベルのカノンが好きです」とか「ハレルヤ聴きます」とか、言いいたくなるらしい精神系アニメ。お前の頭がハレルヤだっての。

アメリカのハリウッド版が実現するとか、またアニメの劇場版で新約をやるとか、パチスロで人気再燃とかいろいろあるが、もういいよ…。(笑)

そういえば、たくさん出回った本の中に「失楽園エヴァンゲリオン」というエロ漫画があったが、今は古本屋を探してもどこにも見当たらない。それがこの作品の私の一番の謎だよ。(笑)


エル・マリアッチ
 元祖・ギターケースにマシンガンの映画。
この低予算映画でロバート・ロドリゲス監督は成功したことで有名。
南米のある田舎町に、ギターを持ったさすらいのマリアッチ(歌謡い)がやってくる。そこへ同じく、ギターケースにマシンガンを隠し持った殺し屋がやってくる。
主人公のマリアッチは職探しをしていたところ、間違えてマフィアの抗争に巻き込まれてしまうというもの。設定がクールです。ラテンです。カッチョイイです。
 なかなか映し方や演出も凝っていて、観ていながら「コマンドー」のようなテンポの良さを感じましたよ。
この作品に出会ったのは、あるさびれたビデオ屋(店の半分がカーテンで仕切ってあり、半分から向こう側がステキな楽園になっている構造)なのですが、奥じゃなくて手前側にあるカモフラージュ(?)の壁の中に発見しました。「グライド・イン・ブルー」とか「ヘルレイザー」とか「ヤクザもの」などなど、昔の隠れた名作やB級Vシネマが、色あせたビデオ屋のパッケージのまま並んであるのでした。
 誰も見向きもしない場所ですが、私のような物好きにはこういう作品を見つけて「うおっ!こりゃ面白そう!100円じゃ買ってみよう・・・」と喜ぶ楽しみもあるのでした。

このシリーズが、ハリウッド入りになって「デスペラード」や「レジェンド・オブ・メキシコ」としてシリーズ化されています。


エレファントマン
 あまりに不憫な話で泣ける。。
最近の安易な「感動して泣いた」という、涙の大安売りには辟易させられるが、メディアという媒体を通じて心を描いた本物の作品は多くない。
しかし、エレファントマンは本物の映画である。
 デヴィット・リンチ監督の有名な作品です。でもあまり見かけないだけに、もっと多くの人に知ってほしい優れた映画です。発表された年代は90年頃だったと思いますが、演出のためにわざとモノクロ画面になっています。
 舞台は18世紀の産業革命で賑わっているイギリス、ある見世物小屋にエレファントマンという全身奇形の醜い男がいました。これをアンソニーホプキンス演じる外科が興味本位で覗き、驚愕しながらも興味本位で診察に引き取ることになりました。ところが、ある時このジョン・メリックという青年は知能もあり、詩を愛する美しい心を持っていることがわかりました。
 一躍有名になるエレファントマン、それを取り戻そうとする見世物小屋の主人、良心のあいだに揺れる医師、そして初めて人間の温かい心に触れるエレファントマンと、好奇の対象とする人々…。人間の心が一斉に絡み合っていき、聴衆は主人公の憐れな境遇に瞠目せざるをえません。

奇形の彼は呼吸困難になるために、横になって眠ることができません。
しかし、人の愛情に触れて満たされた彼は、それを致死と知りながらはじめて身体をのばして横になるのでした…。本当に不憫で、涙を誘う美しい映画です。
 教育のためのビデオとしても、誰でも一度は観ておくべき作品だと思います。

 ベトナム戦争の悲劇と、人間性の善悪を対比させて描いた「プラトーン」に使われた、バーバー作曲の「弦楽のためのアダージョ」が、物語のラストで静かに流れてきます。
そこで私は、いつも人間の歴史を振り返ったときにハッキリとわかる、悲劇性というものを意識せずにはいられないのです。どうして人間は心というものがありながら愚かな行為をやめることができないのか。崇高な人間と、そうでない心を持った人間が存在するのは何故か。そこに神はいるのか。
 「私はエレファントマンではない!私は人間だ!」
これは、醜悪な姿を持って生まれてしまった、一人の人間の叫び声である。


 (余談ですが、最近テレビは身体障害者の差別と糾弾されるのを恐れてか、不具者の写された映画を観ることがなくなりましたね。「グーニーズ」のような良い作品も、おそらくスロースという例の人物がいるからでしょうか、もう何年も放送していません。一方、障害者を扱った番組では、健気に頑張る姿が強調されますが、まるで腫れ物に触っているかのようです。TVってのは、アタマを使わなくても良い媒体でしょ?これじゃ、観る側はまともなバランス感覚がなくなってしまう気がしますよ。 私はTVが嫌いだ。スイッチは切るためにある、そう気づいた人はメディアとの接し方が上手であることは間違いありません。)


黄金狂時代
 正式には「チャップリンの黄金狂時代」かな。
2007年の夏ごろまで、500円DVDでチャップリンの名作シリーズが販売していたのですが、突然著作権問題に引っかかって回収騒ぎが起こりました。
私は油断していたので、本作品しか購入しなかったのですが、慌ててお店に駆け込んだのに間に合わなかった…。当時、仕事が夜勤だったので昼夜を問わず北関東を探し回ったのヨ…。はぁ…回収早すぎだっちゅーの。。
 さて、これはゴールドラッシュの雪山をめぐる人々のお話です。
その中にチャップリンものん気にやって来ます。そこへ警察から逃れるために雪山へやってきた殺人犯と、山小屋の中で鉢合わせというもの。
外には猛獣がいるし、吹雪で身動きがとれない。空腹が襲ってくる。
あまりの空腹で幻覚まで見えてくる。そして靴まで食べてしまう。。
 てんやわんやの大騒ぎがあって、麓に戻ったチャップリンはステキな女性と出会い、甘い夢を見る。あの人たちのために、ささやかなパーティーをしてあげようと準備するチャップリン。でもあの人は来てくれるだろうか…という期待と不安。喜ばせようとフォークに刺したパンを足にたとえて、食卓ダンスも踊ってみる。
 でも、つかの間の夢だった。というオチがあり、彼は喜劇王なんだけれど、いつもどこか人間の寂しい部分を持っているなぁ・・・と思わせてくれる。

このチャップリンのワンコインDVDシリーズは、いまレンタルか中古でしか手に入らないけれど、脚本の力でどこまで演技できるかという気迫も感じられる作品群なので、ぜひ手にとってみてほしい。NHKはもうチャップリンは放送しないのかな〜?


オーロラの彼方へ
 「ショーシャンクの空に」と並んで、感動した映画で人気のこの作品。タイトルがややこしくて、どっちがどっちだか分からなくなりそうです。
 これは父親を亡くした警官の男が、あるとき故障していた無線を持ち帰ってくると、まだ自分が幼かった頃の父親と交信できてしまう奇跡のストーリー。その原因は、空中に不思議なオーロラ現象が起きていることにあるようです。
 男は少年時代に、消防士の父親が死んでしまった過去を持っていたのですが、あの日の事故を起さないため父親に違う選択肢をアドバイスします。
 でも時空を超えた出来事がまだ信じられない父親に、息子はお互いの趣味であるベースボールの試合結果を教えて、それを証明します。
息子は父親を必死に説得するのですが、やがて避けられない運命の日がやってきてしまいます。壮絶な火災現場で、もはやこれまでかと思う父親。その脳裏に息子のアドバイスが蘇りました。父親はついに助かります。
 しかし、運命を変えてしまったことから、タイムパラドックス(時間的な矛盾)が発生し、彼らの人生にはこれまでと違う危機が訪れてしまいます。

 ここからが猛烈な展開を見せてくれて、過去の出来事を振り返りながら変わった出来事を処理していくのですが、あとは続きを見てくださいとしか言えない。
 空にあるオーロラは次第に消えていってしまうし、父さんどうしよう!




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